無題 - その１

誰も知らない一人の人間のお話

 

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　いつものように目を覚ます。

 

　意識がある、ということは、少なくとも人間性をまだ残しているということか。錆びた格子戸の向うには、壁に持たれかかる、あるいはへたりこんだ、まるで干物のような人間が見える。いつもと変わらぬ、気が滅入るほど眺めてきた光景だ。

 

　胸にできた黒い丸は消えていない。いつもこれを確認してはため息をついていた。

 

　─　消えるはずがない　─

 

　消えているのなら、目覚めなくて済むからだ。飢えと渇きにはとうに慣れた。ただ、彼は未だに時間の潰し方が苦手だった。無駄に思考を巡らせる。出ることのできない外界。二度と浴びられない太陽の光を思い出すのだ。こうした思索こそが彼を今だ亡者たらしめていないのかもしれないがそれが一体なんになるのか。苦しむだけだと彼はまたため息をこぼす。

　すると同時に天井から砂利のようなものが落ちてきた。いつもとは違う場所に光が差し、地虫どもが怯え、錯乱し、光から逃れようと必死に隊列を組みなおす。重い頭をやっとのことで上げると、誰かと視線があった・・・気がした。

 

 

　気がしたというのは、身なりの良い上等な甲冑を身にまとい、面貌を下ろしていたからである。視線は見えなかった。およそこのような場所には似つかわしくない風体だった。

　声をかけようとするが、喉が張り付いて声が出ない。彼は牢獄の中を見渡すと、何やら投げ込んできた。不死の"死態"だった。腰で何かが、鈍く光っている。手を伸ばそうとしたとき、天井の扉は閉じられた。

 

　光って見えたのはぼろぼろに錆ついた鍵だった。新しい、何かとすれた跡がある。ここが光っていたのか？

　数舜、考える。

 

　─　出られるのか？　─

 

　今まで考えたこともなかった。

　恐る恐る鉄の格子扉に近づき、鍵をはめた。錆ついてうまく動かない。落ちていた剣の柄・・・だろうか。これを使い、なんとか鍵を押し込むことができた。

　さて、どう回すか。考えながらひとまず回そうと力を入れると、意外にも簡単に鍵は開いた。代償として、もうこの鍵は抜くことも回すことも、かなわなくなったようではあるが。

　左手にしていた剣の柄を捨てようとして思い立つ。

 

　─　なにかの役にたつかもしれない　─

 

　柄を右手に持ち替え、数度振ってみた。

 

　刀身を失った剣はバランスを取りにくく、ともすれば拳で殴ったほうが効果がありそうだ。そう判断すると、彼はこの牢獄にいた先人　─　不死人の死態だ　─　であり、今までの相棒に向けて、これが新しい相棒だと言わんばかりに剣の柄を投げつけた。

 

　─　さて、これからどうするか　─

 

　宛てなどない。家族も友人も、とっくに死んでいるだろう。彼は今日、三度目のため息を漏らした。

　まぁ、亡者になる前に。目があるうちに、外を見たい程度の欲求はある。

　みしみしと音を立てる体をゆっくりと伸ばすと、彼はついさっきまで終の住処だと思っていた部屋を後にした。

 

 

～つづく・・・かな？